「いや、御苦労。おれはこれから少し用があるから、きょうはもう帰ってくれ。ひょっとすると、あしたはお前の家へ尋ねて行くかも知れねえから、家をあけねえで待っていてくれ」「あい。ようがす」 熊蔵を帰したあとで、半七は長火鉢の前に唯ひとり坐っていた。最初に鋳掛屋の戸をたたいて、「庄さん、庄さん」と呼んだのは、今度の下手人と目指されている平七の声である。次に鋳かけ屋の戸をたたいて「平さんは来なかったか」と呼んだのは、亭主の庄五郎の声で、実は藤次郎の声色だというのである。最後に戸を叩いて「おかみさん、おかみさん」と、呼んだのは、藤次郎の声である――この三つの声について、半七はいろいろ考えさせられた。「おい、お仙」と、彼はやがて女房を呼んだ。「ちょいと出てくるから着物を出してくれ」「これから何処へ出かけるの」「熊のところまで行ってくる。あしたと約束したのだが、思いついたら早い方がいい。このごろは日が長げえから」歯科 コンサルタント 下手は上手の元